甲状腺とその病気
甲状腺機能亢進症の治療
甲状腺機能亢進症の治療をせず放置すると、どうなるのでしょうか?
これまで患者さんには治療前にお話ししましたが、
- 心不全や脳梗塞になる:心臓が甲状腺ホルモンの刺激を受け続けたため、また心臓の弁に血栓ができるため
- 骨粗しょう症になる:脊椎や大腿骨の骨折を起こす
- 甲状腺クリーゼの誘因になりうる
- 妊娠・出産への悪影響がある
- 集中力が無くなる
など数え上げたらキリがありません。正しい知識を持って治療に望みましょう。
主な治療には
- 飲み薬による治療
- 放射性ヨードによる治療
- 手術による治療
がありそれぞれの長所と短所を紹介します。
抗甲状腺剤療法
長所
- どの年代の患者さんでも治療が可能
- 簡便で通院での治療が可能(症状が強い場合は、ときに入院が必要)
- 治療効果は可逆性(薬の中止により、効果がなくなる)
- 妊婦、授乳中でも治療が可能
短所
- 治療期間が長い
- 寛解率(薬の服用を中止しても甲状腺ホルモンが高くならない状態)が低い
- 副作用がある
抗甲状腺剤(メルカゾールやプロバジール)は、甲状腺の中でヨードからT3・T4が合成されるのを阻害させることにより甲状腺ホルモンの分泌を低下させる薬剤です。通常はTRAbやTSAbが陰性化するまで治療を行います。現在のところ治療を中止しても、甲状腺機能が正常に維持されるかを完全に知る方法は確立されていませんが、甲状腺が小さいほうが機能正常を持続すると言われています。私たちは薬がなくても甲状腺機能の正常が持続する場合を、治癒したとは言わず病気が落ちついた状態、すなわち寛解(かんかい)と表現しています。治療前にTRAb(TSAb)の数値が高ければ高いほど、寛解に入りにくいと言われていますが、それでも治療により速やかに陰性化し寛解に入る場合もあるので、判断できません。しかし、治療中にフリーT4が正常範囲には入っても、フリーT3が高値を持続する場合は寛解に入りにくいようです。
抗甲状腺剤は、患者さんの甲状腺機能が落ち着けばその量を徐々に減らしていく治療が一般的ですが、量を減らすことなく甲状腺剤を追加投与していく方法もあります。甲状腺ホルモン値が抗甲状腺剤の投与量を減らすとすぐ上昇し、投与量を少し多くすると低下するなどのコントロールが困難な場合には、選択されることが多いようです。
放射性ヨード療法
長所
- 治療法が簡単
- 成人病合併者に対しても治療が可能
- 浸襲が少ない
- 放射線障害の心配がない
- 遺伝的障害の心配がない
短所
- 治療効果が不確実で、1回では充分な効果がない場合や甲状腺機能低下症となる場合がある
- 治療後に甲状腺機能低下症の発生が年々増加する
- 妊娠・授乳期には禁忌
その他
- 投与年令について
近年、思春期以降の患者さんに放射性ヨードを投与しようと考える医師が増えています。アメリカには、15歳未満では投与しないが、15~21歳は場合によっては投与し、それ以降は問題なしと書いてある甲状腺の教科書があります。日本甲状腺学会では原則19歳以上を対象とし、18歳以下では他の治療法が選択できない時に慎重に検討するとしています。 - 放射性ヨード投与後の妊娠について
放射性ヨード服用後は半年間、妊娠を避ければ問題ないと言われています。当院でも放射性ヨードを服用後、無事妊娠・出産された患者さんを経験しています。 - 術後の再発時について
再発時には一般的に、再手術をせずに放射性ヨード療法が行われます。
治療に用いられる放射性ヨードは甲状腺に取り込まれ、飛距離1~2mmのβ線を出します。半減期は約5~7日で、このβ線により甲状腺の組織を破壊する治療です。アメリカでよく行われる治療で、ブッシュ元大統領もこの治療を受けています。安全に行なうために、抗甲状腺剤などで甲状腺ホルモンを減少させた後、放射性ヨードを服用するのが良いと言われています。
服用1週間前より、放射性ヨードの取り込みを良くするため、ヨードを含む食事を控えます。服用後2~3日間は放射能による胃炎により、胃のむかつきがあります。服用7~10日後には、放射能の甲状腺炎で甲状腺部の痛みや発熱を起こすこともあります。また、破壊された甲状腺から甲状腺ホルモンが血中に流出し、甲状腺機能が一時的に悪化する場合もあります。効果は約2〜3週目より現れますが、3〜6ヶ月ほど経過しないとはっきりしない場合もあります。効果がはっきりしない場合は6〜12ヶ月後に、再投与が必要となる場合もあります。甲状腺腫が柔らかく、比較的小さい場合には効きやすいようですが、大きい場合は1回の投与で落ちつくことが稀で、再投与が必要なことが多いようです。抗甲状腺剤服用中にこの治療を行う場合には、放射性ヨード服用前後数日間は服用を中止する必要があります。治療後、甲状腺機能が正常となっても何年後か後に甲状腺機能低下症が発症することがあるため、最低1年に1回は甲状腺機能のチェックが必要です。
外科的療法
長所
- 短期間で治療効果がある
- 正常機能の永続性がある
短所
- 手術浸襲がある
- 手術の跡が残る
- 危険性・後遺症がある場合もある(反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症によるテタニー)
- 術後に再発の可能性がある
- 手術後に甲状腺機能低下症となるため、甲状腺ホルモンの内服による補充が必要
- 手術後に永続的な副甲状腺機能低下症となるため、ビタミンD製剤の内服が必要
その他
- 甲状腺腫瘍の合併が疑われる場合
その場合は手術を行います。甲状腺の手術前には甲状腺機能を正常化する必要があるので、手術日の2~3週間前より抗甲状腺剤に加えて大量のヨードやステロイドを投与する場合もあります。手術後の再発を避けるために、当院では基本的に甲状腺を全てとってしまう甲状腺全摘術を施行しています。
無機ヨード治療
この治療は、甲状腺ホルモンの原料であるヨウ素を大量に投与します。すると、甲状腺内のホルモンの合成がストップしホルモンの分泌を低下させることができます。しかし、その効果は一時的で、甲状腺ホルモンの再上昇が起こることが多くあります。そのため甲状腺の手術前や症状が強く生命の危険がある場合に用いられます。 しかし、手術後やアイソトープ治療後の再発、時には軽症のバセドウ病の患者さんにもヨウ素剤の効果が続くことがあり、少量のヨード剤でコントロールできる場合もあります。過去には、昆布茶を1~2杯/日飲むことで甲状腺機能をコントロールできた患者さんも経験しています。当院で使用している内服用ルゴール液は1ml(20滴)にヨウ素を25mg含んでいますが、病院によってヨードの量が異なる場合がありますので、使用に当たっては注意が必要です。また、ヨウ化カリウム丸は1丸中にヨウ素を38mg含んでいますが、最近では、メルカゾールやプロパジールによる治療でその初期にヨウ化カリウム丸を一時併用すると甲状腺ホルモンの低下が早いとの報告もあります。
日本では抗甲状腺剤で治療を開始する医師が多いのですが、下記の場合は放射性ヨード療法(中年以降、比較的小さい甲状腺腫の場合)や手術療法(若年者、大きな甲状腺腫の場合)が選択されることが多いようです。主治医とよく相談して治療を受けるようにして下さい。
- 抗甲状腺剤が効かない例
- 抗甲状腺剤でのコントロールが困難で何度も再発する例
- 大きい甲状腺腫を持つ例(一般的にはコントロールが困難な場合が多い)
- 抗甲状腺剤による副作用が出現した例
また、甲状腺ホルモン値が高く心臓の動悸や手の震えがある場合は、インデラール、セロケン、テノーミン、メインテートなどのベータブロッカー(気管支喘息のある人では投与禁忌)と呼ばれるお薬や、ワソラン、ヘルベッサーなどのカルシウム拮抗剤と呼ばれるお薬が、治療の初期には使用されることがあります。